専任教員

山崎 知巳 教授

政策を実践に取り込み、イノベーションを創出

[経歴]
平成2年東京大学工学部卒業、平成4年東京大学大学院工学系研究科修了、平成14年米国コロンビア大学国際行政大学院修了。
平成4年通商産業省入省、機械情報産業局、貿易局、生活産業局、通商政策局経済協力部、経済産業省産業技術環境局、中小企業庁、在アルゼンチン日本国大使館勤務等を経て、平成23年経済産業省製造産業局化学課機能性化学品室長、平成25年独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)バイオテクノロジー・医療技術部長、国際部長、電子・材料・ナノテクノロジー部長、IoT推進部長、平成28年国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)人工知能研究センター副センター長、企画本部副本部長、平成30年経済産業省産業技術環境局大学連携推進室長兼内閣府参事官。令和元年9月より現職。

[担当授業科目]
・アドバンスド・リーダーシップ
・実践リーダーシップセミナー
・フィンテック戦略
・プロジェクト

山崎知巳先生の活動一覧

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志史 ~私の歴志~
─経済産業省での経験を元に ─


いつも乗っている電車の広告に、あるとき「子供の思い出は家の近所で作られる」とあったが、本当にそのとおりだと思った。
私の出身は石川県である。3人兄弟の真ん中として生まれ育った金沢は都会と田舎が適度に混ざり合っていて、キャッチボール、魚釣り、ザリガニ釣り、ネッシーの雪像作り、ミニスキー、小さい頃の思い出と言えば、「四季の変化を感じつつ家の近所で遊んだ」ことばかりである。
北陸新幹線が開通してから、東京だけでなく海外からも近い観光地となり多くの人で賑わうようになって金沢の印象も随分変わってきた。ただ、どうせならこれに乗じて金沢駅から繁華街までの市電を復活させてほしいと願う。

話が逸れたが、小4でどちらかというと田舎の住宅地に引っ越した。このこともあって中学、高校時代は自転車通学で、道のりはそれぞれ3.5kmと8km、雪が積もる日以外は自転車で通った。バスケ部でシゴかれただけでなく、これで足腰が随分鍛えられたと思う。
大学では教養から工学部に進学後、船舶海洋工学を専攻し修士まで進んだ。今は国立新美術館がある六本木に大学院の研究所があり、そこで先生や同僚と議論を重ね研究課題を追究した。ただ、好奇心旺盛と言えば聞こえはいいが、目移りしやすい自分の性格には研究者は向いていない、折角ならもっと広く技術や世界に関われる仕事に就きたいと考え始めていた。
修士2年になったときには理系の文系就職が流行っていて、いい意味で理系学生にとって就職の選択肢が増えていた。私はメーカーだけでなくコンサルティング、商社など随分広い業種を回ったが、結局第一志望の経済産業省(当時は通商産業省)から採用通知が届き同省に就職することになった。

経産省での経験

経産省での若い頃の記憶はとにかく多忙で毎日遅くまで働いたことであり、土曜日起きたら夕方だったこともあった。翌日国会対応が必要で質問が出てくるのが遅いときには、24時を過ぎて答弁を作り始め、答弁作成後自宅に帰るものの翌日早朝答弁者レクのためタッチアンドゴーで役所に戻ったこともある。今は日本全体がそうだと思うが、働き方改革で随分変わってきており、ようやくいい意味で普通の職場になってきたように感じる。

経産省は本当に人材の宝庫で、人材育成の仕組みも非常にしっかりしている組織だと思う。若い頃は確かに厳しく鍛えられた思い出ばかりだが、お手本にしたい尊敬できる先輩、上司が多いし部下も優秀である。
経産省では「詰める」ことを繰り返すことで論理的な思考能力が養われると私は理解している。近年無駄詰めは敬遠されるようになってきたが、詰める作業が政策をかっちりしたものにしていく手段になっている。

これまでの職務経験の一端を述べると、技術振興課の課長補佐時代には研究開発減税の抜本強化に携わった。研究開発減税は企業の研究開発費に係る減税措置だが、それまでの増加型(増えた分の一定率減税)を総額型(総額の一定率減税)に変更して、減税総額は20倍の約6000億円に大幅に増えたことで、日本が科学技術・イノベーション立国としての基盤ができたと充実感があった。ただ、制度実現に至るまでには省内の検討だけでなく財務省との協議や政治プロセスがあり、相当神経を擦り減らした。

機能性化学品室長のときには、研究開発プロジェクト(いわゆるナショプロ)の企画立案に携わった。当時、ノーベル化学賞を受賞した根岸先生が人工光合成の必要性を唱えていた。これは二酸化炭素を原料とし酸素と水素を作る究極の触媒化学である。一方、日本では光触媒等の触媒研究は進展しており研究面の素地は十分あった。関係者で議論を重ね、通常5年の研究開発期間を10年とする未来開拓研究としての予算要求に漕ぎ着けた。また、翌年には、植物からプラスチックを作るバイオプラスチックの研究会での議論を通じて、ナショプロ予算を要求した。

ところで、化石燃料代替として期待されているバイオプラスチックプロジェクト開始から3年経って、原油価格が1バレル25ドル近くまで落ちてきた。これだとコストに見合わないと取り組む企業の社内では研究からの撤退圧力が強まるようになっていた。このような中、業界団体にプロジェクト発足当時の責任者として呼ばれて講演したことがある。私ができたことは「当時からすると想定外の原油価格だが振れることもある、国が関わるからこそ辛抱強く研究開発に取り組まなければならない」と精一杯のエールを送ることだった。最近、廃プラ対策もあって政府でバイオ戦略が策定されたが、私は企業の関係者が粘り強く研究開発を続けてきたことが相当貢献していると思っている。

東京理科大学に来る前の1年間は経産省大学連携推進室長兼内閣府参事官として産学連携の推進や大学発ベンチャー支援、大学支援フォーラムの立ち上げなどに携わった。産業構造審議会研究開発・イノベーション小委員会の議論を通じて政策が練られる中、産学連携はもっと産学が一体となってイノベーションを起こしていく「産学融合」に向かう必要があると提言した。また、大学の技術シーズが産業界でもっと活かされるよう、シーズ発掘を行い産業界も支援していく仕組みを提案し、予算要求に繋げるべく奮闘した。

イノベーションとは関係ないが、経産省から経済担当の参事官として在アルゼンチン日本国大使館に赴任し、家族とともにブエノスアイレスで過ごした時期がある。南欧のラテン系がルーツの国民性からか結構いい加減で、仕事でも日常生活でも振り回されることが多かった。期待してもダメということを学び、せっかちな私はとても辛抱強くなった。ただ、地上デジタル放送で日本方式を採用してくれたことは日亜関係を強化する上で大きな契機になったし、とにかく1年間これにかかりっきりだったことがようやく報われたと思った。赴任の最終年、アルゼンチンで開催されるサッカー南米選手権に日本代表にも招集がかかっていたが、東日本大震災の影響で参加できなかったのは残念だった。

改めて振り返ると、経産省で過ごした私のキャリアの半分は産業技術・イノベーション関連の政策作り、政策実施の仕事である。少し触れたが、産業界を所管する原局原課と言われる部署では研究開発プロジェクトの企画立案、産業技術環境局では研究開発減税の見直し、新しい産学連携・大学発ベンチャー支援策の検討、出向先のNEDOや産総研では、プロジェクトマネジメントの実践、AIセンターの立ち上げや所全体のマネジメントに携わってきた。
ただ、平成の時代、いろんな政策に取り組んでも、日本のイノベーションが大きく変わってきているとはなかなか実感できなかった。イノベーションのあり方自体が変わってきていることが理解されている場合とそうでない場合があり、政策の背景・考え方が普及・浸透するにも時間がかかることもある。

令和の新しいイノベーション

クレイトン・クリステンセンの「イノベーションの最終解」に「(イノベーションを通じて)かつて専門家がいなければできなかったことを、人々自身ができるようにするのだ。」とある。
イノベーションの進展の歴史はまさにこういうことだ。
ウサギを使って妊娠したかどうかを検査していたのが薬局で買える妊娠検査薬ですぐわかるようになり、習熟者が使うコンピュータが手に収まる誰でも使えるスマホになることで、技術の進展を実感する。

今般東京理科大学に教員として就いたので、理科大の講義では産業技術・イノベーション政策について社会人学生にしっかり砕いて伝えたいし、実際に企業に政策を上手く使ってもらい、新しいイノベーションを早く生み出す又は加速させるきっかけにしてほしいと考えている。

(1) 私の好きな作家の一人、司馬遼太郎曰く、「何かを成し遂げるのは、才能でなく性格である。」
理科大MOTの学生は皆優秀だし、どんどん知識を吸収し今後の社のイノベーションの取組についてビジョンやプランを描くことができる。同時に教員や学生間の議論を通じて自分の性格上発現が不十分な潜在力を磨き、将来何かを成し遂げてほしい。

(2) 経産省の先輩である作家の堺屋太一氏が現代を称して「夢不足、欲不足、ワル不足」と表現した。もっと夢、欲を追求し、いい意味でワルになって、令和の日本に新しいイノベーションを起こしていってほしい。

(3) 「シンプルさは究極の洗練である。(レオナルド・ダ・ビンチ)」
→究極の洗練をMOTを通じて体現してほしい。

MOTの受講者が所属企業でイノベーションを起こせる実践的かつ具体的な提案が練られるよう、できる限りのお手伝いをしたい。

理科大に来て共通の知り合いが多い先生、金沢出身の先生、アルゼンチンに赴任していた先生など、共通点のある方が多く、そのような環境で仕事ができることを楽しみにしている。

米国のある教育者の言葉がある。

「凡庸な教師は指示をする
 いい教師は説明をする
 優れた教師は範となる
 偉大な教師は心に火をつける」

理科大MOTが4行目の理想形の場に近付けるよう私としても努力していきたい。

専任教員

  1. 淺見 節子 教授

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    日本の優れた技術をグローバルに知財で活かす

  2. 荒木 勉 教授

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    SCMの大家でRFID/ロジスティックスの第一人者

  3. 山崎 知巳 教授

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    政策を実践に取り込み、イノベーションを創出

  4. 石橋 哲 教授

    石橋 哲 教授

    事業・組織再構築にかかる計画策定・意思決定工程を研究しています。

  5. 荻野 誠 教授

    荻野 誠 教授

    大手電機で30年、経営×知財を考える国際技術交渉のプロ

  6. 生越 由美 教授

    生越 由美 教授

    先端・伝統技術&日本文化からビジネスの優位性を構築する

  7. 橘川 武郎 教授

    橘川 武郎 教授

    専門は経営史・エネルギー産業

  8. 坂本 正典 教授

    坂本 正典 教授

    MOT創設からの大ベテラン

  9. 佐々木 圭吾 教授

    佐々木 圭吾 教授

    ナレッジマネジメントの視点から、組織・戦略を研究

  10. 日戸 浩之 教授

    日戸 浩之 教授

    コンサルティングの現場から、マーケティングの理論・実践を革新する

  11. Robert Alan Feldman 教授

    Robert Alan Feldman 教授

    経済学で「 温故知新」、「察来逆算」、 競争に勝ち抜く

  12. 宮永 博史 教授

    宮永 博史 教授

    コンセプト×技術×ビジネスモデルでイノベーションを

  13. 宮永 雅好 教授

    宮永 雅好 教授

    会計・ファイナンス、企業法務、情報開示の専門性を統合した経営を

  14. 若林 秀樹 教授

    若林 秀樹 教授

    シンクタンク、アナリスト、ファンド等の立場から電機業界中心に30年分析と提言

  15. 岸本 太一 講師

    岸本 太一 講師

    国内外数百社を訪問調査。現場を軸に理論構築

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