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鈴木 公明教授 志史 -アウフヘーベンを求めて-

2017/09/29掲載

 「Aufheben(アウフヘーベン、止揚)」という概念を知ったのは、高校の倫理社会のテキストだった。対立する考えから相互に矛盾しないメタレベルへの到達という構造に強く惹かれた。中学生の頃に父が教えてくれた、江藤新平の「男子は須く巌頭に悍馬を立たしむべし」という言葉と共に、私の生き方に強い影響を与えている。

 暗記科目が苦手だという理由で、いわゆる理系の学部を選んだ大学であったが、機械相手の実験に倦み、卒業後の進路に悩む日々が続いていた。技術以外に法律やデザインにも関心があった当時、メーカーの研究職があまり魅力的には思えなかった。転機は、弁理士という資格を知ったことで訪れた。研究者が生み出した発明を特許庁に申請し、時にはライバル企業と権利を巡って法廷で争う仕事だという。さらに、デザインを権利化する仕組みもあるという。エキサイティングではないか。弁理士が生きる「工業所有権(知的財産権)」の世界こそ、技術、法律、デザインをアウフヘーベンした理想郷だと思った。単純なものである。

 就職先は、迷うことなくキヤノンにした。キヤノンはその年、特許部門での採用募集をしていた数少ない企業の一つであり、米国特許の年間取得数でIBMに次いで世界第2位をキープし、特許の世界で圧倒的に輝いていた。丸島儀一常務(当時)が率いる「キヤノン特許部隊」では、液晶素子や半導体分野の特許マネジメント業務を担当した。社内研修が充実し、新人に出願戦略立案から海外特許の無効審判まで幅広く任せてもらえる実戦的な職場であり、自社を有利に導くためなら費用を気にせずチャレンジが許されるという、実務家として理想的な職務環境であった。そんな日々に転機が訪れたのは、特許庁の審査官に技術説明のための面接審査を受けた帰り道だった。掲示板に貼ってある意匠(デザイン)審査官の募集告知が目に入った。国家公務員一種(総合職)試験に準ずる試験で、受かれば必ず特許庁審査官になるという。どうやら、わが悍馬は、技術とデザイン、民間と官庁という二重のアウフヘーベンの巌頭に立っていた。

 特許庁では、意匠審査、特許審査ばかりか、法改正にも携わることとなった。これを担当する制度改正審議室は、経済産業省のキャリア、特許・意匠・商標各分野の審査官、特許庁の事務官など多様な人材がプロジェクトメンバーとして集められ、役職や年次に関わりなく侃々諤々、本音の議論ができる、まさにアウフヘーベンの場であった。内閣法制局で日付が変わったころに始まる条文審査や、国会審議直前の想定問答集作成等を含め、特許庁では論理力、体力、忍耐力を鍛えることができた。法改正業務が一段落し、通常の審査業務に戻ると、自ら生み出している独占権が、企業活動の中でどのように機能し、外部に影響を与えているのか、企業経営や国民経済の視点から捉えたいと考えるようになっていた。

 ある日、「マイケルジャクソンが自分を証券化した」というニュースを聞いて、知的財産を金融資産として位置づけるメタなスタンスがあることに気づいた。リサーチを進めるうち、強い危機感を覚えた。欧米で普及している知的財産の証券化が、日本語文献にはほとんど現れてこないのだ。この状況を日本国民に知らせることが、今の自分の使命だと勝手に思い定め、誰に頼まれたわけでもないのに睡眠時間を削り、論文執筆に明け暮れた。論文掲載後の関心は、自然に知的財産の価値評価に向かった。ファイナンス分野を中心に経営学一般の独学を始め、MBAへのチャレンジを意識し始めていた。

 2005年に東京理科大が知的財産の専門職大学院(MIP)を設置した際に、スタートメンバーの専任教員として参画することになった。わが悍馬が立つ巌頭は、今度は教壇の縁であった。教学相長(きょうがくあいちょうず)もまた、アウフヘーベンの一つの形である。MIPでは、デザイン関係の法律系、経営系の科目を担当した。新たなイノベーションの手法である「デザイン思考」のワークショップを展開するうちに、感性と論理のアウフヘーベンを思い立ち、知財実務にトゥールミンロジックとエスノグラフィーを導入することを提唱している。今年の初めに、ミラノ工科大のベルガンティ教授と面談し、彼が提唱する「意味のイノベーション」について意見交換をしたが、「ソリューション」を探究する前に、「意味」について異なる考えをぶつけ合って新たな方向性を見出すこと、すなわちアウフヘーベンによってイノベーションを生み出す手法であることに、強く印象付けられた。

 MIPはMOTと統合し、今般、新たな体制、メンバーの下で新MOTとして生まれ変わる。折しも、本コラムの執筆開始日に、宮永雅好先生から共同研究のご提案をいただいた。
新たなアウフヘーベンの予感がする。

おわり

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