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宮永 博史教授 志史 −超電導からMOTへの長い道のり−

2017/09/22掲載

あれは確か中学生の時だったと思う。学校を(病気で)休み、自宅でNHKの教育テレビを見ていた時のことだ。これからは「高度情報化社会」になると講師の先生が話されていた。当時、その内容を具体的にイメージできるわけでもなかったが、なぜかその言葉が深く印象に残ったのを覚えている。


1.超電導から半導体へ
大学では卒業研究のテーマに「超電導」を選び、超高速デバイスを実現すべく液体ヘリウムと格闘する日々であった。ところが、電電公社の武蔵野電気通信研究所に入所すると、さっさと常温動作の半導体に研究分野を変更している。4年後、配属された研究室の成果をもとに、世界最高速度のデバイスを実現して国際会議で発表すると、やがて超電導の研究は下火になっていく。このとき、既存技術の継続的進歩は、新技術の手ごわい敵であることを実感した。
まだ駆け出しの20代でトップデータを出せたことで(チームとしての成果ではあったものの)自信を持つことができた。それでも、やがて抜かれてしまうトップデータ争いよりも、むしろ、設計・製造・評価とほぼ全ての開発プロセスを経験できたことにこそ価値があったように思う。

2.何を経験し、どう学んだか
研究所で担当した技術が当時の主流でなかったことが幸いしたように思う。主流の開発は研究所をあげて組織的な体制をとり、各研究者は専門領域だけを深堀していた。もっともなマネジメントだ。
一方、私と言えば、リソースもなかったために、ほとんど全てのプロセスをこなさざるを得なかった。回路設計が終わるとレイアウト設計(それも設計の研究室のコンピュータを借りながら)。設計を終え、印刷会社から(半導体製造用の)フォトマスクが納入されるとクリーンルームに数か月こもり、自らシリコンウェハを持ってまわる。時には、製造プロセスの一部を立ち上げることもあった。半導体が完成するや否や、測定・評価を実施する。評価が終わると再びすぐに設計を始めるという、息継ぎをする間もない日々であった。
当時、セブン-イレブンは名前の通り、朝7時から夜11時までの営業であったが、クリーンルーム内で働きながら、まさにセブン-イレブンと思ったものだ。しかし、充実した日々であった。


3.NTTからMIT、そしてAT&Tへ
トップデータを出した後、希望を出して研究室を変わり、今後主流になると思われるデジタル信号処理技術プロセッサーへと軸足を移した。幸い、研究所から海外留学制度ができ、信号処理技術の本家と言えるMITの大学院で学ぶ機会を得た。日本の大学と一味違う経験をできたことは実に貴重であった。
ここでも学んだのは技術や知識だけではなかった。米国へ留学する準備段階から、帰国するまで、まさに目から鱗の連続であった。環境変化は、ここでも新たな視点を広げてくれる役割を果たしたのである。
その後、縁があって35歳のときにAT&Tの半導体部門に転ずる。開発からマーケティングの世界へ移ったわけだが、優秀な営業や米国本社のマーケティングマネージャーたち、そして何より多くのカスタマーからビジネスの基本を叩き込まれた。5年間という短い期間ではあったが、その何倍にも匹敵する、まことに濃密な日々であった。当時、MOTの専門職大学院はまだ日本に存在しなかったが、まさに生きたMOTを経験した5年間であった。


4.コンサルティング時代
さらに視野と経験を広げたのがコンサルティング時代だ。最初は技術系出身者にとって、なじみよい職場であった。こじんまりした組織であることもよかった。ここでも、コンサルティングのプロセス全体を経験できたことが何よりの学びであり、自信につながっている。
次の舞台はグローバルファームで会計系コンサルティング会社だ。クライアントが情報システム部門・財務部門というドラスティックな変化、パートナー・事業部長・取締役という新たな役割、かつグローバルファームとしてのマネジメントにも取り込まれるという経験を通して、大きく視野を広げる機会となった。
しかも最後は、競合他社が引き起こした粉飾事件が業界全体に飛び火し、監査とコンサルティングが分離するというおまけつきだ。グローバルファームとしての指名委員会委員に任命されたが、その経験はまさにコンサルティング時代の集大成とも言うべきものであった。

5.そしてMOTへ
「高度情報化社会」という言葉に導かれて、想像以上に変化に富む豊かな経験を積むこととなった。その経験をもとに、2004年に開校した本学のMOT専攻で教鞭をとりはじめ、今年(2017年)で14年目となる。
新たなコンセプトを創造し、プロトタイピングを重ねながら開発したプロダクトにビジネスモデルを組み合わせ、顧客を創造し続けるというMOTの本質について議論する毎日だ。今思うと、全ての経験が、まさにMOT専攻で教える準備であったように思う。神楽坂というパワースポットで、これからも多くの出会いを楽しみにしている。

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