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島田直樹教授志史-『生々流転』が、経営論に繋がる-

2017/09/12掲載

私は「生々流転」と「一所懸命」という2つの価値観を大事にしてきた。
お恥ずかしいことながら、価値観形成の背景を自分の育ってきた歩みとともに綴りつつ、自己紹介とさせていただければと幸いである。


私が生まれたのは両親の実家がある山梨県甲府市。4歳まで住んでいたが記憶はない。馬刺とワインが好きなのは、DNAへの刷り込みのせいかもしれない。幼稚園は東京・杉並で通った。当時私が住んでいた永福町には毎夕、ラッパを鳴らした豆腐売りの自転車が来た。家の庭には井戸があり、のどかな東京だった。当時の夢は東京タワーになること。とにかく大きくなりたかった。6歳になり、小学校は東北・秋田で入学した。子供の頃に見た青森のねぶたの雄大さ、重い提灯が付いた竿を掌や腰や額で支える力強い秋田の竿灯祭りには度肝を抜かれた。秋田では11月後半には、初雪が降り、雷が鳴り、どんよりとした冬が本格的に始まる。雪国の人は偉いな、強いな、大変だなと当時から思っている。小学校4年の夏、宮城・石巻に引っ越した。北上川の河口にある石巻では、毎日のように友人と川に海に釣りに出かける釣りキチ少年だった。ある日ウナギが釣れて家に帰ると、母が「可愛そうだから土に埋めてあげなさい」というので、残念ながら埋めたところ、近所のおばさんが「料理してあげる」とウナギを土から掘り出し蒲焼を作ってくれた。また、餌を付けているときに友人が私の釣り糸に足を引っかけ、私の指の左から右へ大きな釣り針が貫通し、餌を指に垂れたまま病院に運ばれたこともあった。中学2年に上がる春、東北から九州の熊本に転校した。多感な中学・高校時代を過ごした熊本は自分の中で心のふるさと。熊本高校に進むと、毎日、熊本城を見ながら、水前寺公園のそばにある学校に通った。部活は水球部。シーズン中は朝練、昼練、放課後練習と、ほとんどの時間、浄化装置がないプールで苔とともに過ごした。


このように地方を転々とし、大学で東京に出てくるとすっかり小心で臆病の田舎者になっていた。上京した代々木駅で、満員電車の人をかき分けて乗り込めず5本以上やり過ごすような状態だった。大学2年の時、はじめての海外旅行でインドに行き1か月ほど放浪した。「1日1,000円で過ごせるインド」というキャッチフレーズの地球の歩き方を買って出かけたが、1日300円くらいで過ごせた。その後、シンガポール、香港、タイなどを旅行し、大学4年時、大学の同窓会がスポンサーとなり、カリフォルニア大学バークレー校への1年間の留学の機会を与えてもらった。せっかくの留学だったが準備不足で英語の授業がさっぱり分からなかった。開きなおり、学校に行かずブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイなど旅行した。飛行機のエンジントラブルで期せずしてパナマにも降りた。モントレーでスキューバーダイビングの免許を取ったり、ロス、サンディエゴ、バンクーバーなど西海岸の主要都市も回った。帰国し、大学を卒業し、3年間半、アップルの日本法人に勤務した。当時アップルの日本法人は従業員200人程度で1,000億円の売上を作っていた。私のような新卒採用は全社員の5%未満。死ぬ気で働いた。技術者のアイディアが詰まった商品を市場(消費者)にうまくつなぐようなことがライフワークにできれば、とマサチューセッツ工科大学スローン経営大学院に留学した。マイケル・クスマノ教授の指導を受け、修士論文を書いた。MITでの2年間はアカデミック的に相当辛かった。日本人は英語ができないが、数学が得意だ、と言われていたが、数学も得意なアメリカ人がいる学校は文系の私には想像以上に大変だった。


幼少の頃から全国、世界各地を転々としている私であるが、転々としながら、いろいろな環境の中で育てられて今の私になった。人間は置かれる環境と吸収する意欲で人格・価値観が形成される、と思っている。すべての物は絶えず生まれては変化し、移り変わっていく。あることにこだわりを持ち続ける人の人生は辛い。むしろ、自然体で水の如く形を変えて、環境に適合していくことが大事だ。生々流転という考えを持ち、達観して環境に寄り添うと腹も座る。人だけでなく企業も同じ。事業環境は常に変わっていく。事業環境が変わるのを恐れず、変わっていくものだ、と変化を前提に自社の戦略を考える。事業環境が変わっているのに、自らが変わることを拒む企業はもちろん長続きしない。

他方、企業のポジショニング戦略も同じだが、ひとたび「このポジション」と決めたら、グラつかず、そのポジショニングを維持しつつ、徹底的にありとあらゆる施策を繰り出して、成功するまで簡単に諦めないことが重要。転校が続く生活の中、「数年我慢すればここでの生活は終わる」とは一度も考えなかった。いかにして友達を作り、自分で動き、毎日を楽しくするかを考えていた。一生懸命よりも一所懸命という価値観を大事にしてきた。

東京理科大大学院のMOTプログラムも生々流転し、新しいプログラムに進化した。そして今後も進化し続けていくのだろう。私も、学生の皆さんも生々流転しながら、縁あって新しいMOTプログラムに集った。ここで皆さんと一所懸命頑張りたいと思っている。切磋琢磨していければと切に願っている。

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