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淺見 節子教授 志史-日本の優れた技術を知的財産で保護したい-

2017/09/08掲載

[知的財産を志した理由]
小さい頃から理科が好きで、大学では迷わず理系を選び化学を専攻しましたが、修士課程では実験をしてもなかなか結果が出ず、実験器具を壊すこともしばしばで、研究者には向かないと感じ始めました。技術は好きなので関わっていきたいと思い、長く続けられる仕事と考えたときに、公務員を目指そうと思いました。その中でも特許庁は、特許の審査という専門性の高い仕事ができると伺い、女性が多いことも魅力に感じました。
審査官・審判官として、医薬、有機化合物、無機化学、金属、電気材料、電池、フィルムなど素材から製品までさまざまな分野の審査を担当したことで、技術のみならず、業界の事情も知ることができました。


[海外で受けた衝撃]

1991年にベトナムの特許庁に派遣され、単身、ハノイに乗り込んだことは鮮烈な思い出です。ベトナム戦争の影響で街の発展が遅れ、道路は舗装されておらず、車もほとんどなく、停電や断水は毎日起こり、ホテルの天井ではネズミが走り回るといった状況でしたが、特許関係では初めての日本人の訪問ということで、大歓迎を受け、仕事の内容だけでなく、日本の産業や文化についても質問攻めに遭いました。2013年に再びハノイを訪れましたが、当時の職員との再会を果たし、街には高層ビルが建ち並び、高速道路が整備されていて、目を見張る発展ぶりに感動しました。2014年には知的財産法が未だ整備されていないミャンマーを訪れましたが、やはり現地の職員の意欲に圧倒されました。
特許庁では、米国や欧州と日本の特許制度の相違を分析し、調和を目指すための法改正や運用改訂などにも関わってきました。日本に知的財産高等裁判所が設立される前の1998年に米国に滞在して、特許を専門に取り扱う米国の裁判所の運用を調査し、報告したことも貴重な経験になっています。


[人材育成との関わり]
2001年から2003年にかけて、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授として、社会人を対象とした、特許を始めとする知的財産教育に携わりましたが、実務家の学生たちとの議論は大きな刺激となりました。
その後、特許庁の管理職として組織の運営や政策に関わってきましたが、政策の立案に当たって最も重要なことは、産業界の意見を聴き、議論をして、解決策を一緒に考えるというのが私の信念です。海外や大学などいろいろな世界を経験したことで、広い視野を持つことができたと自負しています。
2013年からはこれまでの経験を活かし、ここ東京理科大学で、国際条約、アジアの知的財産制度、化学分野の特許に関する授業を担当してきましたが、学生の実体験から学ぶことが多々あります。
特許制度を始めとする知財財産制度は世界共通のものに近づきつつありますが、制度を所与のものとして憶えるのではなく、なぜそのような制度になっているかを議論し、本質をとらえた上で活用ができればと思っています。またITやライフサイエンスの分野では新たな技術が絶えず開発されることから、それに合わせて制度も変化することが必要ですが、審議会の委員としての経験を活かして、最近の変化や今後の課題についても考察したいと思います。
日本の優れた技術を世界的に護り、活かすためにはどうすればいいのかを皆さんと一緒に考えていくことを楽しみにしております。

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