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佐々木 圭吾教授 志史 - 原点は、電機メーカー勤務時代の海外赴任での感動、感謝、そして日本企業人としての誇り-

2017/08/25掲載

大学の教員になって二十年になる。専門は経営組織論、経営戦略論。もう少し具体的に言うと、組織的知識創造理論(ナレッジ・マネジメント)を基盤に現代企業の戦略や組織にアプローチしている。とくに最近では企業または経営者の掲げる理念やビジョンとイノベーションのダイナミックな関係性の解明に取り組んでいる。
二十年も経営学研究者をしているにもかかわらず、どうも純粋な論理的思考のみで経営を考えていくことよりも、数年とたいへん短い期間ではあったが某電機メーカー勤務時代の経験で考える癖が抜けない。
経営理念に関心が向くのも、一九八○年代末に南米のアルゼンチンに赴任していたときの経験と思う。日本ではバブル突入の好景気に沸いていたのだが、当時の中南米はハイパーインフレに多額の対外累積債務で国民生活は経済的に苦しい時代であった。まだ入社して間もない私はマーケティングのお手伝いのような仕事をして、アルゼンチンのあちらこちらの出張していたのだが、どこに行っても日本人だと話すと、(商談相手は別だが)一般の方まで優しく接してくれた記憶がある。
彼らは、日本人は嘘をつかないから信頼できるという。特に日本人だからと言って嘘つきが少ないわけはない。ようく話を聞くと日本人が嘘をつかないのではなく、日本製品が嘘をつかないことから生じた思い込みのようであった。つまり、日本製品は安く、性能がよく、あっという間に壊れたりしない。こうした製品を作る日本のビジネスマンは誠実に働いている。日本人は信用できる。といった流れで日本人は嘘をつかないという評判になっているらしかった。日本人が嘘をつくことの極めて少ない国民であるかという真偽は別として、地球の裏側にまで達するような諸先輩の血のにじむような努力の結果、われわれは簡単に金銭に換算できない大きな財産をもらっていると、一人ホテルの部屋で感動したり、感謝したりもした。
こうした物づくりは工場の方はもちろん、研究開発から営業、経理まで、顧客にいい製品を届けようという一丸となった努力なしには達成できないはずであり、それを支えていたのは世界中の人々の生活向上に貢献し、自分たちのより豊かな生活を実現しようとする企業のあこがれ、すなわち経営理念がしっかりしていることの産物である。もちろん例外はあったろうが、アルゼンチンに進出していた日本製造業は愚直にもいい製品作りに集中し、ごまかしや不正な手段で利益を手に入れようとはしなかったと思う。それが日本の企業人としての自分の誇りにもなっていった。
その後、バブル経済とその崩壊後の苦難の時期を経て、日本企業の理念経営は形骸化が進んだように見える。多くの日本企業が金の亡者になったわけではないが、しかし高邁なあこがれを追求する姿勢が崩れかかっている気もする。
しかし理科大MOTに来て、学生=技術者と、授業の中で、あるいは神楽坂の居酒屋で議論するたびに、彼らのまじめさやひたむきさこそが、日本の産業を支えていることを実感する。安全や医療といった間違いの許されない世界に、高度情報技術(インターネットやAIなど)が導入されつつ今日、技術立国日本の未来は決して暗いものではないと信じている。


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