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若林秀樹教授 志史 - 志も、夢の途中 -

2017/08/10掲載

ふるさとは、福知山だ。生まれて高校までを過ごした。京都府だが、むしろ旧国名の丹波といった方が実態に合っている。京都駅から山陰本線特急で1時間半、昔は鈍行で3時間かかった。先週、父の出身地の兵庫県丹波市にある両親の墓参、実家の仏壇に理科大MOTでのことを報告に帰福(帰省を帰福という)した。福知山駅から列車にのって車窓から懐かしい山川を眺めると、今も18の春に志を抱いて上京したことを昨日のように思い出し、己を省みる。

東大精密機械工学専攻修士を出て、野村総合研究所に入ったので、「理工系学生のメーカー離れ」の嚆矢だ。当時は多くの同級生が当然のように電機メーカーに入ったので、どうして、野村総研かと聞かれる。そもそも、小学5年生の将来の夢という作文に、当時、流行語でもあったシンクタンクに入りたい、と書いている。大学進学の頃にはそんなことは忘れて、理工系の研究者に憧れていた。

大学院でホログラフィ画像計測の研究をしていて、研究室が貧乏で実験装置も自作だったが、修士1年の時に科研費が当たり高価な機械を買ってもらって大いに研究が進んだことから、自身が研究開発をする側ではなく、評価し資金を付ける側になるのも面白く、むしろ技術が分かる人間が、そういう仕事につくことが大事ではないかと思った。

当時は、産業では日本の電機が最盛最強だったが、技術の面では飽和しているようにも感じ、公害など社会問題もあり、より独創的な研究には、技術そのものではなく、より広い視点から総合的な理文融合のテーマがいいのではないか考えた。真っ暗な実験室で深夜過ごす中で、皆が行く人気の電機メーカーでなく、野村などの総研、総合商社、日経新聞に就職しようと決めた。念願叶って、野村総研に入り、新設の技術調査部に配属、当時ブームの、AI、高温超電導を調査、マスコミや株式市場でも注目されるレポ―トを書いた。まだ理工系大学院出身者は希少だったので、重宝もされた。最初は、アナリストという言葉も一般的ではなかったが、狭義では、アナリストというよりも、リサーチャー。新技術調査、特に産業や社会への影響の評価、またハイテクベンチャーの審査なども手掛けた。その後、対象外なのにアナリストランキングに入賞したこともあり、アナリストに転じ、電機産業を担当した。

当時は、日本が最盛期、半導体も液晶も勃興期であり、毎月工場見学に行き、貴重で楽しい経験だったが、逆に、日本の電機メーカーは競争力を失い、韓国や台湾に負けていく。その後、欧州系、それから米系の外資系証券会社にチーフアナリスト兼調査部長として入社、電機アナリストとして、液晶やフラッシュメモリの市場予測、シリコンサイクル市況を的確に見通したことから、日経新聞などのアナリストランキング1位5回と評価されたが、調査分析だけでは飽き足らず、変わらぬ電機業界に隔靴掻痒の感があった。

実際に調査力が運用でも有効かどうかの腕試しや、株主の立場から電機業界を叱咤、変革したいという想いもあり、自ら友人とヘッジファンドを起業した。10年間、社長と運用の両輪を命懸けで頑張ったが、心身疲れ燃え尽きた。運用業務は精神労働で、強い心には強い体が必要、学生時代レスリングで鍛えたつもりだったが、不十分だった。初心に戻って、ピュアな「No Side」のシンクタンクを起業した。立場は変われども、電機業界に30年関わり、栄枯盛衰を目の当たりにした。また、図らずも、野村、JPモルガンやみずほでの新事業立上げや、ファンドなどの起業を経験した。

理科大とは、野村総研時代からお世話になってきた、東芝専務から東芝テック社長も歴任された当時理科大MOT教授の森健一先生の案内で、2007年から2009年の3年間、エレクトロニクス産業論を非常勤講師として担当したことが、きっかけだが、今回も、まさにシャープや東芝など電機メーカーが苦境に陥る時期に、自身のライフワークとなった技術の社会・経営的な視点からの評価、電機産業の分析を中心に、理科大MOTで研究教育に係れることは、因縁、不思議な運命としかいいようがない。

こうした御縁を大切に、長年お世話になってきた電機産業に御恩返しをしたい。もし、MOTを通じて、イノベーションを起こす契機となり、電機だけでなく、広く日本の産業企業が復活、再生することに繋がれば、望外の幸せだ。

志も、夢の途中であり、自分の人生も、電機業界に対しても、まだまだ悔いが残る。今はのきわに、「面白きこともなき世を面白く、すみ成すものは心なりけり」というすっきりと晴れた境地を迎えられるべく、日々全力奮闘努力したい。最後にこの頃はあまり歌われなくなった文部省唱歌の「ふるさと」3番を紹介して結びとしたい。「志を果たして、いつの日にか帰らむ、山は青きふるさと、水は清きふるさと」

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