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平成26年度第4回MOTイブニングセミナー「市場と技術を結ぶ製品開発」を開催(9/24開催報告)

2014/09/29掲載

MOTイブニングセミナーは1シリーズ3回仕立てで、9月より第2シリーズを開始しました。第2シリーズの共通テーマは「製品開発のMOT」です。

その第1弾となる第4回MOTイブニングセミナーを、平成26年9月24日(水)、神楽坂校舎PORTA神楽坂にて開催しました。満席の会場の中、東京理科大学大学院イノベーション研究科MOT専攻の松島茂教授が、「市場と技術を結ぶ製品開発〜製品技術・生産技術・オペレーション技術の相互作用〜」と題した講義を行いました。



松島教授は、製品開発を行う際には、製品技術、生産技術、オペレーション技術の3つが必要であり、この3つの間に強い相互作用が働いていなければ、理想的な製品開発は行えないとしました。その上で、成功例として、トヨタが他社に先駆けて開発したハイブリッド車「プリウス」を挙げました。そして、トヨタと「プリウス」誕生の歴史をひも解きながら、製品開発を成功に導くポイントを解説しました。

【製品技術、生産技術、オペレーション技術の強い相互作用を実現したトヨタの組織的工夫】

まず、松島教授は、「製品開発は、設計図を作成し、その通り生産すればよいという単純なものではありません。製品技術、生産技術、オペレーション技術の3つの強い相互作用によって初めて実現できるものです」と述べました。

製品技術とは、デザインから設計、試作、実験、材料開発に至るまで、製品に関するあらゆる技術のこと。また、生産技術とは、製品を生産するための技術のこと。そして、オペレーション技術とは、工場で設備を動かし、市場が求める品質やボリュームを確保しながら生産する技術のことです。

それに対し、松島教授は、「例えば、生産技術だけを見ても、プレス加工技術や鋳造技術などさまざまな技術がありますが、どれか1つの技術だけが最新で高効率であっても、他の技術とのバランスや整合性が取れていなければボトルネックが発生してしまい、全体としての効率は上がりません。同じことが、より大きなカテゴリーである製品技術、生産技術、オペレーション技術の間においても言えるのです。しかしながら、3つの技術の部門の間で落としどころをうまく見つけ出し、全体最適を図ることは容易なことではありません。そのためには、3つの技術の部門同士が、双方向で円滑なコミュニケーションを取ることが重要です」と述べました。

そして、その成功例として、1997年12月に発売されたトヨタの「プリウス」を挙げました。「プリウス」は、今や日本で販売されているトヨタ車のうちの7〜8割を占めるハイブリッド車で、たった約2年間の開発期間を経て、他社に先駆け、市場に投入されました。

それを成し遂げることができた理由として、松島教授は最初に、トヨタにおける3つの技術の相互作用を生むための組織的な工夫を3点挙げました。すなわち、(1)製品技術からの情報発信:主査(チーフエンジニア)制度、(2)生産技術からの情報発信:車両生技部の設置、(3)オペレーション技術からの情報発信:工場における技術員室の設置です。

(1)の主査制度とは、車種ごとに1人のチーフエンジニアを置き、チーフエンジニアに、設計から評価まですべてを統括させるというものです。トヨタでは、昭和27年に開発した初の乗用車「トヨペットクラウン」の時から導入していたといいます。組織全体は、縦軸が「車軸」、横軸が「機能軸」のマトリックスになっていて、車軸を統括しているのがチーフエンジニアということになります。チーフエンジニアを置くことで、機能軸となる設計・評価の各部門に、開発する車種のコンセプトを徹底させることができるのです。

(2)の車両生技部とは、車種単位で使う生産技術のとりまとめを行う部門のことです。ここに属する技術者が設計段階から製品技術に深く関与することで、スピーディに設計から生産へと移行させることができるのです。

(3)の技術員室の設置とは、工場に技術者を置くということです。これは、欧米の大企業ではありえない異例の組織です。しかし、それにより、本部組織である製品技術と生産技術の部門の技術者とのコミュニケーションが円滑になり、全体最適に向けた双方の改善が図られます。

これらを踏まえた上で、松島教授は、さらに「プリウス」の開発ストーリーをひも解きながら、「プリウス」の製品開発の成功理由について解説していきました。

【「プリウス」誕生のストーリーから我々が学ぶべきリーダーシップのあり方とは】

「プリウス」の誕生は、バブル真っただ中の1990年最初の豊田英二会長の「今のままのクルマづくりでいいのか。21世紀に成り立つクルマを作るべきではないか」の一言から始まりました。

そして、バブル崩壊後の1993年3月になってようやく、内山田竹志氏をチーフエンジニアとするプロジェクトチーム「G21」が発足。「資源エネルギー・環境問題に答えを出すようなクルマ」をコンセプトに、燃費が良く、排ガスを出さないクルマというゴールが設定されました。

1994年7月、内山田氏は、「カローラ」に比べて1.5倍の燃費を実現するクルマを提案しましたが、同年11月、和田明広副社長が、目標を1.5倍ではなく2倍にするように要請したといいます。

これに対して、松島教授は、「1.5倍というのは、従来の技術の組み合わせと努力によって実現できる、つまり、手が届く目標でした。一方、2倍は、従来の技術の延長線では実現できない、新たな技術が必要な目標だったのです。それにより、初めて『ハイブリッド車』というアイデアが持ち上がり、検討が始まったのです」と解説しました。

さらに、1995年8月、社長が、豊田達郎氏から奥田碩氏に交代。豊田章一郎会長と奥田社長は、内山田氏に対し、当初の目標だった1999年末の販売日を、2年前倒しの1997年12月にするように要請しました。これは、1997年12月に開催が予定されていた京都でのCOP3を見据えたものでした。

これについて、松島教授は、「新製品の開発においては、社会との文脈が大変重要です。新製品を出すタイミングによって、鮮度、つまりその製品が持つ意味合いが変わってくるからです」と強調しました。

加えて、当初、トヨタでは、ハイブリッド車と並行して通常のガソリンエンジン車の開発も進めていたといいます。しかしそれでは、限られた人的資源が分散してしまいますし、リスク分散という点で社員の心に甘えが出てしまいます。そこで、豊田章一郎会長は、ハイブリッド車1本に絞るよう提言。その結果、ハイブリッド車の開発に集中することになったのです。

その他、コストの低減や電池開発などさまざまな課題を乗り越え、1997年10月、目標通り、トヨタは「プリウス」を発表し、同年12月、京都会議の最終日に発売を開始したのです。

「トヨタは、計画通り、タイムリーに『プリウス』を市場投入したことに加え、さらに、製品に求められる技術や性能を市場を通して見定め、熟成させ、製品の品質向上、ユーザーニーズに結び付けていきました。これが、トヨタ優位の源泉であると私は考えています」と松島教授。

最後に松島教授は、「プリウス」誕生のストーリーから我々が学ぶべきリーダーシップのあり方として、(1)トップによる「根本的な問題提起」、(2)異なる技術の相互作用を促す組織風土づくり、(3)目標設定と社会の文脈、(4)選択と集中、(5)ユーザー目線の徹底の5つを挙げ、講義を終えました。

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