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鼎談「知財の現状と展望」

知財制度の現状、今後の方向性などについて「現場経験」豊かな3名のエキスパートにお集まりいただきました。
過去のエポックとなった事例や、いま注目している案件などについてお話しいただき、異なる立場での着眼点や相違点を探っていきます。

他の分野とは一線を画す知財制度の国際性

生越 本日は、弁理士として実務に携わる一方、本学で教鞭をとられる西村雅子先生と、裁判官として知的財産関連の著名な訴訟を数多く手がけられ、現在は弁護士としてご活躍されている三村量一先生をお迎えして、知財制度の魅力、今後の方向性などについて、それぞれのご経験をもとにお話をいただければと思います。
  まず三村先生にうかがいますが、判事として最初に手がけられた知財の事件は何だったでしょうか。
三村 東京地裁、民事第29部の陪席裁判官として平成元年から携わった、通称「ウィンドサーフィン事件」ですね。ウィンドサーフィンはご存知のとおりボードに帆を取り付けたものですが、この基本的な構造自体が特許になっていて、特許権者であるアメリカのメーカーが日本の数社を訴えた事件です。「特許請求の範囲」における、ボードと帆の結合部を示す「ユニバーサルジョイント」という文言の意味が焦点となり、請求棄却という結果になるのですが、関連する多くの訴訟があり、部内でも大きな割合を占めていましたし、話題性も大きかった事件として記憶しています。今でも、一般の方に裁判の手続などを解説する際に、わかりやすい事例として引用することがあります。
生越 知財案件の訴訟は通常の民事事件の訴訟とは違う特徴があると思いますが、どのようにお感じになっていますか?
三村 通常の民事事件であれば、例えば、家庭の内情や企業取引の内容などを審理するわけですが、知財事件では、新しい発明や技術に触れることができる、あるいは社会的に流行している商品や著作物について知ることができるという点で、新しい知識等として得るものがあり、私はこの分野の仕事が好きですね。「裁判は後ろ向きの仕事だ」と、よく言われるのですが、知財訴訟は、企業が経営戦略の一環として行なっている活動なので、訴訟を手がけるのは経済活動の一翼を担うという点において、社会とのつながりを感じられる仕事だと思います。
生越 どちらかというと未来志向ということでしょうか?
三村 そうですね。民事訴訟は、起こってしまった事故や不祥事について、「誰が責任をとるか」が争点になるという性質のものが多いのですが、特許や著作権についての争いは、多くの場合、現在及び将来の企業活動に関する事件で、当事者も、ある意味能動的に関与するものです。また、個人の事件とちがって、感情的な要素が少なく、攻める側と守る側の双方の攻防のなかで、純粋に理論的に訴訟を進行するという面もあります。
生越 西村先生も、大学時代に知財を直接学ばれたわけではないですよね? 知財制度に関心を持ち、弁理士を目指されることになったのはどんな理由からですか?
西村 当時は知財の講義というのはなく、知財の専門家として今日知られている先生が商法の講義をされているという時代でした。まだ男女雇用機会均等法の施行以前で、女性でも男性と対等に仕事をしていけるという点から、弁理士を目指して特許事務所に就職したのです。実務を通して知財の世界に入っていったわけなのですが、初期の仕事で印象に残っているのは、ある総合電機メーカーの意匠登録。アメリカを中心に海外で大量に家電製品の登録を行っていたのですが「一見同じようなものをなぜこんなに大量に出願するのだろう」と思いました。洗剤の投入口といった特定の「ここ」に創作者が意を用いているのがわかりましたが、一方で需要者がそこに着目するのだろうかとも思いました。当時は部分意匠の制度も存在していませんでしたね。
  商標については、ワープロが業務に入ってくる過渡期で、まだ担当者が筆ペンで書いたものを商標公報に出したりしていました。今はロゴ、ビジュアル・アイデンティティーに神経を使っていますが、当時は文字さえ取れればいいという感覚で、そのあたりに時代の移り変わりを感じますね。
生越 西村先生にはMIPで商標をご担当いただいていますが、最初は意匠の分野からだったのですね。
  三村先生に再びうかがいたいのですが、知財訴訟と他の訴訟との違いは?
三村 知財訴訟のうち、侵害訴訟の場合は、大きな枠組みとしては、民事訴訟のうち不法行為訴訟の範疇に入ります。多くの場合、特許権者は複数の国で特許権をとっていて、同じ権利に基づいて、グローバルに、各国で同じような訴えを起こしているということも少なくありません。そうすると裁判所も、他国の審理における解釈や手続などを参考にしながら、可能な範囲でなるべく歩調を合わせていきます。制度的にもそうですし、また個々の具体的な事件についても、そのように進められる事件が多いという点が、他の訴訟とは随分と違うのではないでしょうか。
生越 特許庁が特許法を改正するときも、その理由は「外国がそうであるから」それに合わせていく、そういったハーモナイゼーションである場合が多いですね。
西村 商標分野で新しい保護対象が認められていく場合にも、外国で保護されているのだから日本でもそうすべきだ、という議論ですね。外圧の側面もあるかもしれません。登録のハードルを高くするという形はありえますが、それでも対象としては保護するというスタンスでいくべきだと私は思います。
生越 今議論になっている「音」の商標保護の問題などについては、どのようにお考えですか?
西村 現状において識別力が存在するのであれば、それは保護するべきだと思います。例外的な割合に留まるかもしれませんが、商品名などが音声として入っていればそれは文字商標と同じとも考えられるわけで、問題は言葉の入っていない音ですね。
三村 特許関連では日米欧が3極といわれますが、そのなかでアメリカだけ特許制度や訴訟手続が他と大きく違うのです。日本は、一般的に経済分野においてアメリカと密接な関係がありますが、特許の制度、裁判手続も含めて、法律的には、むしろヨーロッパ大陸の国々と近い関係にあります。実体法もそうですし、訴訟手続も、陪審制の有無など、大陸法と英米法とでは違います。そういったことから、外国の動向に関しては、アメリカだけでなく、ドイツなどのヨーロッパの国々も見なければなりません。
生越 日本の特許法はかなり強くドイツ法からの流れを汲んでいて、EPO(欧州特許庁)もドイツの流れを汲んでいますよね。ですから日本とヨーロッパの特許制度には、似たような考え方が垣間見えるところが多いのでしょう。
三村 特許庁のホームページにドイツ特許法の日本語訳が掲載されていますが、日本の特許法と構造的によく似ています。わが国が、お手本としたという歴史的経緯もありますから……。
生越 中国や韓国の特許法を見てみると、条文の番号まで日本と同じ部分があります。特許は本当に国際的な制度になっていますね。

知財訴訟の判決が経済社会のスイッチを入れる

生越 経済事件一般について言えるかもしれませんが、知財事件においては判決が出るとルールが明確になるので、そこからビジネスが進んでいくという印象を持っているのですが、そういったことは裁判官時代には意識されましたか?
三村 若いときに最高裁の調査官として、最高裁判決の形成にも関わりましたが、最高裁判決には、下級審の裁判の内容を統一するというだけでなく、世の中に対して規範を示すという役割があります。判決が世の中にもたらす予測可能性、規範創造性ということの重要性は理解していましたので、のちに東京地裁で裁判長として知財訴訟を担当したときにも、新しい分野での判断というようなことで、判決での処理が適当と考えられる事件は、できるだけ判決により処理するようにしましたし、判決を出す場合にも、一般的な法理、判断基準を明らかにして、予測可能性を与える内容の判決を書くことを心がけていました。
西村 私としては、チャレンジングな係争については、ぜひ判決を書いていただきたいと思います。店舗外観について、不正競争防止法の商品等表示にあたるかどうか争われた大阪の事例では、担当した弁護士さんが「絶対に判決をもらう」とがんばっておられ、地裁では「営業表示性を取得し得る」と判示されました。その事件は最終的には敗訴したのですが、将来的な保護可能性を示唆するという点でも判決を出していただいてよかったと思いますね。
生越 企業の方とお話をすると、ダメならダメと言ってもらえれば違う方向でビジネスをやるので、良いか悪いかのスタンダードが明確に示されることが重要であるということをおっしゃいますね。この、規範を示すというのがビジネスにとって非常に重要で、アメリカで判決が出た翌日に、イギリスでP2Pファイル交換のベンチャービジネスが起業されたという事例もあります。判決の持つ経済的意義、価値はすごく大きいのでしょうね。
三村 逆に言うと、そういった判決が怖いから訴訟を起こさないということも、あります。映画DVDの販売に関して、映画会社は訴訟の提起を控えている状況のようにうかがわれたのですが、ゲーム業界は、中古ゲームソフト流通の是非をめぐって訴訟を起こし、最高裁まで争いました。映画については、頒布権という権利が認められ、映画館で上映するフィルムの流通については映画会社が監督・管理しています。ゲームソフトにも頒布権があるかという問題について、最高裁判決(平成14年4月25日判決)は映画と同様に頒布権はあると判断しましたが、家庭用DVDとして個別に販売してしまえば、権利は消尽して、著作権者は権利行使できないという判断を示しました。
生越 その事件に関して思い出したのですが、最近の小学生は、遊び終わったゲームを中古品の店に売りに行ったりしますね。その際に、保護者の同意は必要なのですが、「売っていいってお店で言ってたよ」と言うんですね。店側でも判決を報じた新聞記事のコピーを壁に貼り出していたりする。判決から1年半後に、新聞記事で「中古ゲーム市場、数千億円規模に」というのを見て、これは判決の成果だと、社会的な影響の大きさを感じました。
  子どもといえば、ベストセラーの『チーズはどこへ消えた?』とそのパロディ本の事件を、子どもたちに知財について話をする際によく題材としてとりあげますが、非常にわかりやすいようです。両者の話をして「安易なマネをしてはいけないんですよ」と言うと、うんうんとうなずいて聞いてくれますから。
西村 子ども向け知財教育では、まず「マネをしてはいけない」ということを教えるべきでしょうね。先行者にいかに乗っかって利益を得るかではなく、まったく新しいところに自己の権利を打ち立てていくことが大切なんだよ、と。
生越 ところで、知財訴訟の難しさというと、どんな点だとお感じですか?
三村 難しさでもあり面白さでもありますが、知財訴訟の特徴は、特に民法と比較するとはっきりします。民法は頻繁には改正がなく、明治時代の大審院以来の判例の蓄積がありますから、多くの場面について確立した判例理論というものが存在します。これに対して、知財の分野では、そもそも先例となるような判例があまりありません。とくに最高裁判決となると、ほとんどない。加えて、特許法や著作権法など、この分野の法律は頻繁に改正されますので、「この条文の解釈が問題となった事件は、今回が初めてです」ということも、少なくありません。先例にとらわれないで、自由に法令の解釈を示すことができるという点は、私にとっては、面白いものでしたね。反面、新しい考え方を世の中に示していかなければならないという点では、責任のある難しい仕事ともいえるでしょう。
生越 西村先生はいかがですか? 出願手続きなどをされるなかで難しさを感じられる部分は……。
西村 弁護士の方々と仕事をしていて思うのですが、弁理士にとって通常の登録業務は、事の決着は登録できるかできないか、勝つか負けるかの世界です。ところが訴訟においては和解という決着方法が大きな割合を占めています。たとえば商標の識別性の有無を争っていて、私自身が「知財高裁まで行けばこれは絶対勝てる」と感じた場合でも、弁護士さんは「それはしかし100%ではないから、この額で手を打てるなら、ここで落としておきましょう」という判断をする。そういう交渉と和解の感覚を、弁理士はもっと弁護士から学ばなければいけないと思います。つまり白か黒か以外の解決法ですね。
生越 お二人ともこれまでいろいろな事件を経験されてこられたわけですが、印象に残っている事例について少しお話しいただけますか?
三村 青色LED職務発明訴訟(東京地裁平成16年1月30日判決)は、社会的な注目度が大きかったことから、事件の管理、進行には気を使いました。法律的論点からいえば、サンゴ砂事件(東京地裁平成15年10月16日判決)などの国際裁判管轄や外国特許法の適用が問題となった事件です。最高裁まで行ったFM信号復調装置事件(最高裁平成14年9月26日判決)はアメリカ特許法の適用が問題となった事件ですし、同様に最高裁まで争われたウルトラマン事件(最高裁平成13年6月8日判決)は日本とタイとの間で国際裁判管轄が問題となった事件ですが、いずれの事件も、私は第一審の審理を担当しました。法律的論点からみた面白さという面で、こういった国際裁判管轄などの争点が問題となった事件が、印象に残っています。
生越 三村先生が調査官として担当されたボールスプライン事件の最高裁判決(平成10年2月24日判決)は、特許における均等論が初めて認められたという点で画期的だったと思います。
三村 特許権侵害訴訟では、相手方の製品が「特許請求の範囲」の文言どおりか否かという点で判断するのが大原則ですが、例えば機能が一緒で、構造のうち些末的な部分が一部だけ違っているような場合は、これは「特許請求の範囲」の文言と一部が違っていても一緒だろう、「均等」だろうとして、特許侵害とするのが均等論です。均等論については各国とも判例・学説が先行し、特許法の条文として規定されているわけではないのです。日本では特に下級審の判例においては否定的な見解が多かったのです。しかし国際的な潮流から、日本でも均等論を認めるべきだという議論がありまして、最高裁では、新しく判断をしてこれを認めるということになりました。
  「どのような要件が満たされた場合に均等が成立するか」という問題については、その線引きが国際的に統一されているわけではありません。日本で均等論が認められたのは他国に比べて遅くなりましたが、その分、各国の状況をよく見たうえでの判断となったので、最新の判例理論としてアメリカへフィードバックというかたちで紹介されたりしています。
生越 特許の技術範囲に関して見解を提示する判定制度が特許庁にありますが、このボールスプライン事件の最高裁判決を受けて、判定についても「均等論を含めて判断する」ということになりました。各方面から問い合わせを受けましたが、技術の進歩も加味して判断するという点が、特に発明者の方々には喜ばれたようです。例えば昔はパソコンといえばデスクトップサイズのものだけだったのが、現在はノート型やさらに小さいものも存在する。出願当時はデスクトップ型しかなかったから、その特許請求の「パソコン」の文言はデスクトップ型だけしか認めないというのではなく、ノート型にも認めていく。技術の進歩に合わせていけるというのは、とても大切なことですよね。
三村 前述の判決は結局「侵害時点での水準で簡単に置き換えられるものについては、均等の成立を認めましょう」ということです。例えば、セラミック包丁が世の中に登場した後で、鋼の包丁についての特許をセラミック包丁に応用したら、特許はまったく侵害していないことになるのかといったら、それは違うでしょうという話ですね。

制度の柔軟性をいかに確保していくか

生越 お話に出てきた均等論などもそのひとつですが、知財制度においてすべてが法律で保護されているわけではありません。最近は肖像権などに関して法律化を目指す動きもありますが、たとえばよりきめ細かく法律を定めていくべきか、あるいは違った方法をとるべきなのか、知財制度は今後どのような方向で整備されていくべきでしょうか?
三村 技術の進歩に応じて新しい権利を認めていくのはいいことだと思いますが、権利を認めるということはその反面、経済活動や他者の創造活動を制限するということにもなりますので、競争を阻害しない形を考える必要があります。もうひとつは、法律を解釈適用している裁判所の立場から見ても、新しい技術に対応して新しい法律を整備していくということは、妥当な形だろうと思います。しかし著作権分野で「フェアユース導入論」が議論されているように、ある程度抽象的な文言によって裁判所の解釈・裁量範囲を確保することで、個別の具体的な事件について適切な処理がしやすいということもありますので、その点はバランスが必要だと思います。
生越 私も同感です。中古ゲームソフトの事件でも、ゲームを映画だと解釈せざるを得なかった最高裁は、実は辛かったのではないかと個人的には思ったりもするのですが(笑)、列挙型では新しい技術やアイデアに対応しにくいですね。新領域がでてくることが当然予測される分野なので、解釈の余地によってまずは柔軟性を持たせ、判断が蓄積されたら法改正へ、という流れがこの分野には必要だと思います。
西村 解釈の範囲を持たせるというお話を聞きながら私が思い出していたのは、商標の逆混同の問題です。先行する使用者の規模が小さく、後から大手の使用者が同一・類似の商標を使い始めたときに、小さな使用者は大手に飲み込まれる形でアイデンティティーが失われる。どちらがどちらと混同されるのかといったら、先行使用者であるにもかかわらず後続の大手を模倣したかのように誤認されることが多い。アメリカではこのような事例の場合、逆混同があったとして後続大手の側による侵害が認められます。逆混同の場合、日本でもアメリカ同様の判断になるのかどうか、という問題です。
三村 日本での具体的な事案では、商標権者が、後から大手企業が使用していることを奇貨として訴え出た例があるのですが、権利濫用と判断されて商標権者であるにもかかわらず敗訴してしまったという事例があります(ウィルスバスター事件。東京地裁平成11年4月28日判決)。
西村 先行者の使用実績が名目的なレベルにとどまる場合はそのような判断になるのでしょうね。
三村 商標の場合は、特に外国の著名商標とかが関係する事件の場合、特殊な事案が多いですね。日本国内では確かに商標権者だが、それは外国の著名ブランドが国内に入ってくるものを見越しての商標登録出願ではないか、という事案です。最初からパテントトロールならぬ、トレードマークトロールである場合も多い。
生越 いま、中国でそういうことが起こっていますね。日本の企業が中国でビジネスを行おうとしたら、先に商標を登録されていてその使用のために高い金額を求められる。
西村 中国では、ペプシコーラの販売プロモーションのテーマが中国の商標権者の商標権侵害に当たると判断された事例があります。この事例の場合、先行者に悪性はないようです。
三村 日本だとユベントス事件(東京地裁平成12年3月23日判決)がそうですね。「ユベントス」を我が国で商標登録出願して登録を得ていた商標権者が、後にイタリアのサッカーチームからライセンスを受けてユニフォームを販売しようとした会社を訴えた。この例では原告である商標権者が、イタリアのサッカーチームの名前だと知りながら商標出願したと判断されて、差止めなどを求めた請求は権利濫用であるとして敗訴しました。

MIP 在学生の多様性に見る専門職大学院のあるべき姿

生越 この東京理科大学に、MIP=知的財産戦略専攻という大学院があるわけですが、ここでは弁理士を目指すという人にとどまらず、知財制度をまわしたいという意識の方が非常に多いんですね。30代・40代の方に混じって、60代の方が「第二の人生で知財をやる」と学んでいらっしゃったりする。知財制度を円滑に進めていく人材の要件についてうかがえたらと思います。
三村 弁護士や裁判官としての人材を考えた場合には、雑学というと聞こえが悪いですけれども、好き嫌いなく、いろいろなことに好奇心を持っている人が、知財をやるには適していると思います。法律だけというのでは足りない。もちろん技術がわかるという要素もそのひとつで、技術が嫌いというのでは困りますが、必ずしも技術がわからなくとも、著作権や商標など各分野が存在します。極端に言えば、書店や文具店、コンビニエンスストアにちょっと足を運んでみるのが好きだというような人のほうが、向いているともいえるでしょう。それから広い意味で知財制度を回す人材ということですが、現在、企業や大学などの技術創造が行われる場所と、それを使って価値創造する企業などの間で、どのような形で共同研究し、特許を出願し、使っていくかということについてうまくいっていない例が多いようです。そういうところで、企業の経験もあり開発の経験もあり、あるいは大学などの研究機関を経てきた方に、知財について学んでいただいて、技術創造とその活用の両者を結びつけるような人材になっていただけたらと思いますね。
西村 知財の実務家には、2種類のタイプがあるように思います。ひとつは制度を変えていこうと、制度設計自体に非常に関心を持って熱心に研究されている方々。もうひとつは現状対応派というか、どんな制度であろうが自分のやるべきことをやるという方々で、弁護士さんとお話をしているとこちらの方が多いですね。前者は審議会などに参画される学識経験者など少数で、数の上では後者のほうが多いのですが、そうすると現行制度下でいかに自社ないしクライアントの利益を最大化するかというのが眼目になります。不完全な制度であれば、場合によってはそれを逆手にとって目的を実現していくという行動が選択されることもあるわけです。これは授業でも話している例ですが、商標登録時のディスクレーム(権利不要求)の制度が日本にはないので、一見識別力のない部分も商標に入れ込んで登録することで、第三者から見て識別力の有無が明らかではなく、牽制の効果がでる。そんなことも作戦として考えながら、現行制度でいかに結果をひきだすかが、大部分の実務担当者に求められている能力だと思います。
生越 そうなると、制度のベーシックはもちろん細かい部分まで精通して、それを戦略的に使える人材ということになるでしょうか。
  西村先生はMIPで授業を担当されていますが、社会人と学部からの進学者が混在しているMIPをどんなふうにごらんになっていますか?
西村 社会人学生のほうが活発に発言するかというと、意外とそうでもないところがあります。お互いに実務経験があるがゆえに、おかしなことを言うべきではないというか、恥をかきたくないという意識があるのかもしれません。他方、自由闊達に活発に発言されている方もおられますね。
三村 専門用語を使わずに他分野の人と話すというコミュニケーション能力はどうしても必要ですが、そういったものを身につけるためにも、ここは最適な場所かもしれませんね。他の人がいかに自分と違った発想をしているか、自分とは違う観点からものを見ているかということに驚くという体験ができるところだと思います。
生越 MIPに2年間身を置くことのメリットというのは、例えば知財分野における法律用語、法律的発想といったものを雰囲気として、カルチャーとしてつかむことができるという点です。判決でも特許庁の審査でも、流れというか体系は同じなんですね。それを一回理解すると、あとは感覚的にわかるという面はあります。
  MIPは定員80名ですが、そのうち3割が学部から、7割が社会人学生で、「まぜこぜ」なところが面白い。先ほど、一度社会に出て、その後に大学院で学ぶという人は技術開発や経営の経験を持ってこられる点がメリットだとお聞きしましたが、そういった方たちにどんな期待をされますか?
三村 法科大学院が作られる以前、旧司法試験の時代には、法学部で学んで、あるいはその後さらに法律の勉強を重ねて司法試験に合格するというのが法曹の典型的な経歴でした。そこで、多様な社会経験を持った、あるいは経済学部、理学部、工学部など法学部以外の専門を修めた人々に法曹界に入っていただく。他分野の知識・経験を持った人が法律を学ぶというかたちで、法律しか知らない「頭でっかち」ではなく、社会のそれぞれの分野に通じたマルチタイプの法律家を育てましょうという理念の下で、ロースクールが作られたわけです。
  そういう意味では、こちらの大学院も同じような理念に基づいています。一回社会に出てから大学に戻ってこられた人は、技術が社会でどのように使われているかもわかっていますし、他の分野の人々と連携して総合的に知見を深めることができるのではないかと思います。
生越 ご指摘の通り、日本のロースクールはアメリカを範として作られたわけですが、アメリカには法学部がなく、多様な学部の出身者が集まることによって多彩な法律家が社会に送り出されています。日本の場合は法学部を温存したうえで他学部からも入りやすいようにとロースクールを作った。今のMIPの社会人は、理念としてのロースクールに集っている人材に近いと思います。いわば今現在ここに集まっている人の多様性それ自体がMIPの財産であると言えるわけで、その可能性を最大限に活用できるような教育活動を展開していければと思います。

  本日はどうもありがとうございました。

(平成24年度版パンフレット掲載。肩書きは掲載当時)

Profile

コーディネーター 生越 由美 教授
東京理科大学 知的財産戦略専攻 教授

ゲスト 西村 雅子 教授
弁理士

西村&宮永商標特許事務所 シニアパートナー
東京理科大学 知的財産戦略専攻 教授技術経営専攻 教授

ゲスト 三村 量一 氏
弁護士 長島・大野・常松法律事務所 パートナー

裁判官として東京地方裁判所部総括判事(知的財産部)、知的財産高等裁判所判事、東京高等裁判所判事等を歴任、青色発光ダイオード職務発明対価請求事件第一審判決、FM信号復調装置事件第一審判決など、数多くの知的財産権訴訟を手がける。

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