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【MIPレポート】中小企業では「経営者目線の知財戦略」が重要

2016/01/21掲載

中小企業では「経営者目線の知財戦略」が重要

MIP非常勤講師・中小企業診断士     西 健裕

◆クローズアップされる中小企業の知財戦略強化
 知財分野の2015年を振り返ると、中小企業が大いに注目された一年であった。4月の知的財産戦略本部の会合で安倍首相が地域中小企業の知財戦略強化を指示し、6月に決定された「知的財産推進計画2015」では、重点3本柱の第1として「地方における知財活用の推進」を初めて掲げ、中小企業の知財戦略強化を後押しする様々な施策が盛り込まれた。さらに、TPP交渉の大筋合意後に開かれた11月の知的財産戦略本部の会合でも、中小企業の知財活用支援がTPP対策に盛り込まれることが明らかにされた。
 筆者がMIPに在学していた2009年から2011年頃は、知財戦略といえば大企業の問題で中小企業は対象外、という雰囲気が官民とも強かった。今や、中小企業にとって知財戦略は重要な課題だと政府が音頭を取っているわけで、すっかり様変わりしたことを痛感する。
 中小企業自身でも知的財産を重視する動きは強まりつつある。ここ数年の特許権の出願件数をみると、全体では減少トレンドにある中で、中小企業による出願は2012年以降増加に転じている。おそらく、支援策の充実とともに中小企業の知財活用はいっそう進み、成功事例が注目されていくことだろう。
 「中小企業の知財戦略」の授業を担当する者としては、大いに歓迎すべき状況だ。





◆「知財戦略=知的財産権を取得すること」なのか?
 だが、少し懸念することがある。それは、中小企業の知財戦略に関する言説や報道の中に、「知財戦略=知的財産権を取得すること」と捉えられる論述が散見されることだ。例えば、「優れた知的財産をもつ中小企業には、その知的財産を権利化してしっかり守る知財戦略が必要」という主張が代表的なものだ。確かに、優れた技術を持つ中小企業がその保有技術を特許にすれば、ライバル企業に対して競争上優位に立ち、市場シェアを高めることができるように思える。しかし、このような言い方は、「特許取得さえすれば業績が良くなる」という誤解を中小企業に与える恐れもある。
 そもそも、知的財産権の取得が中小企業の業績向上につながることは実証されているのだろうか。特許取得の有用性の根拠としてよく引き合いに出されるのは、特許庁が公表している次のデータである。特許権がある中小企業は、特許権がない中小企業に比べて従業員一人当たり営業利益、売上高営業利益率のどちらも大きく上回る水準にあることが示されている。





 しかし、統計学の知識をお持ちの方はお気づきだと思うが、このデータは特許権保有の有無と一人当たり営業利益や売上高営業利益率との間に相関関係があることを示すものではあっても、これだけで因果関係があるかどうかはわからない。「特許を保有しているから業績指標が高くなった」とまでは断言できないのだ。特許権保有の有無及び二つの業績指標の双方と相関関係が高そうな別の要因、例えば「技術開発力の高さ」が高業績の真の原因だという仮説を設定することも可能である。その場合、技術開発力が高いから付加価値の高い製品を顧客に提供し、高い収益性を実現できるのであって、特許保有自体が高業績を直接的に生み出したわけではない。もし、特許保有が高業績をもたらすと主張したいならば、技術開発力が高い中小企業を特許権があるグループとないグループに分けた上で、前者が後者を上回る業績を上げていることをデータで示さなければならない。
 「そうはいっても、実際に成功している技術力の高い中小企業は、ちゃんと特許を取得しているのでは?」と考えられる方も多いだろう。そこで、技術力の高い中小企業の代表的な成功例として、グローバルニッチトップ企業に経済産業省から選定された中小企業74社(ネクストGNTを含む、従業員1000人以上は除外)について、特許・実用新案権取得件数の分布をJ-PlatPat(特許情報プラットホーム)で調べてみた。その結果が次のグラフである。





 さすがにグローバルニッチトップ企業だけあって、100件以上の特許・実用新案を取得している中小企業が8社も存在するなど、平均取得件数は39.6件に上る。しかし、よく見れば1〜5件に19社が集中し、1件も取得していない中小企業が7社あるなど、全体の46%は10件以下にとどまっている。ちなみに、平成26年中小企業実態基本調査によると、産業財産権を保有している製造業企業の特許・実用新案権平均保有件数は4.5件である。グローバルニッチトップ企業であっても、特許等の保有件数は通常の中小企業とさほど変わらない企業が結構多く存在することがわかる。
 このデータを見る限り、特許などの知的財産権保有が中小企業成功の必要条件であると言い切ることは難しい。中小企業の実態は、権利取得にこだわることだけが知財戦略ではないことを示唆している。

◆中小企業経営者が権利取得に慎重になる理由
 知財の専門家からは、中小企業の知財戦略強化を考える際に、中小企業経営者の知財意識の低さが課題として指摘されることが多い。事実、中小企業へのアンケート調査などで、知的財産権に関する自社の取り組みについて消極的な姿勢を示す回答が高い割合を示すケースはしばしばみられる。
 だが、中小企業経営者が知的財産の権利化に慎重になることには無理からぬ側面がある。なぜなら、知的財産権の取得・維持に関わるコストは、売上高の増減とは無関係に発生するコスト、すなわち固定費としての性格が強いからだ。
 大企業は文字通り大規模な事業を営んでいるから、知的財産権に関わる固定費が多額であっても、単位コストとしてみればそれほど負担は重くならないことが普通である。いわゆる規模の経済性が働きやすい。しかし、事業規模が小さく、規模の経済性が働きにくい中小企業にとっては、固定費の増加がもたらす経営負担は決して軽視できない。売上高増加に結びつけばよいが、そうでなければ経営にじわじわ打撃を受ける恐れがある。中小企業であるがゆえに、経営者は知的財産権にかかるコストにも敏感にならざるをえないのだ。
 しかも、知的財産権を取得することには、中小企業特有のリスクが存在している。少なくとも次に挙げる3つのケースでは、知的財産の権利化がマイナスの影響を経営にもたらす恐れがある。
  ー社の利益額や対象とする市場規模が小さいため、費用対効果の面で割に合わない
  権利を取得しても、監視や訴訟にかかる手間やコスト負担が厳しく、実効性の確保が難しい
  8⇒出願により技術やデザインが公開されたために、かえって模倣されるリスクが高まる
 こうした中小企業経営者の基本的発想を理解せずに、「複数の知的財産権でがっちり守りを固めるべき」とか、「知的財産にかかるコストをケチるな」といった助言を専門家が安易に行うことは、中小企業経営者からそっぽを向かれることになりかねない。

◆「知財担当者目線の知財戦略」と「経営者目線の知財戦略」
 念のため断っておくが、知的財産権取得が少なからず中小企業経営に良い効果をもたらすことには、筆者も異論はない。ただし、知的財産権の有効性は、中小企業ごとの経営方針やビジネスモデルなどによって変わるものだと考えている。
 経営者にとって、知的財産権はあくまで経営のための道具(ツール)の一つにすぎない。知的財産権を取得・行使することは、経営上必要な何かを実現するための手段であって、経営の目的ではない。経営目的実現に照らし、別にもっと効果が高いと考える手段が知財以外にあるならば、経営者はそちらを採用するのが自然である。「知的財産権に頼らないという知財戦略」もあり、なのだ。
 MIPの授業にゲスト講師として招いたある中小企業経営者は、模倣品が出現してきた時の対応を質問されて、「重要な取引先に影響が及ぶのでなければ、基本的に無視する。権利行使に費用がかかるし、模倣品にすぐ浮気する顧客とは長期的な信頼関係構築は期待できないので、当社にとってさほど痛手とはならない。」と答えた。この経営者の企業は、高い技術力に加えて豊富な経験に基づくコンサルティング能力を強みとしている。中小企業経営者は、コストと効果のバランス、顧客との関係のあり方、さらには自社の事業戦略やビジネスモデルの差別化ポイントなどを踏まえ、経営全体の視点から知財戦略上の判断をしていることがうかがえる。
 こうしてみると、知財戦略には、知財担当者の目線と経営者の目線の2つがあるように思われる。「優れた技術を守るため強い特許を取ろう」「特許技術が侵害されたら徹底的に排除しよう」と考えるのが知財担当者目線であり、「事業を円滑に動かすためには特許が最適か」「その特許侵害は自社のビジネスにどの程度障害となるのか」と考えるのが経営者目線である。「他社が権利化する前にとりあえず特許を取ろう」と考えるのが知財担当者目線であり、「他社が権利化してくるリスクへの対応に緊急性がどの程度あるか」と考えるのが経営者目線である。
 経営資源に限りがあり、固定費負担が厳しい中小企業では、経営者目線で知財戦略を考えることが重要である。経営者自らが、自社の事情や目指すべき方向を踏まえて、知財との向き合い方を決めるべきだ。中小企業の知財戦略は選択の問題であり、こうしなければならないという唯一の正解はない。

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