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「ものづくり」から「価値づくり」へ〜鈴木 公明

2012/11/05掲載

「ものづくり」から「価値づくり」へ
鈴木 公明

1. インダストリアル・デザインの勃興

工業意匠などと日本語訳されるインダストリアル・デザイン (Industrial Design) は、工業製品に関するデザインのことであり、1920年代の米国で使われ始めた言葉であるとされます。
この時期の米国の産業実態は、ヨーロッパとは大きく異なっていました。ヨーロッパ諸国においては、職人による工芸が産業革命を経て近代化されたのに対し、米国には資源が豊富に存在する一方で、熟練労働力が不足していたため、「ものづくり」に対して伝統、習熟または哲学の結びつきが強いとは言えない状況だったのです。このような状況が、米国における大量生産方式、すなわち機械生産の発達と合理主義の発展を促し、いわゆる機能主義の思想が普及しました。
当時の機能主義は、ルイス・サリヴァンの「形態は機能に従う」という言葉と、ル・コルビュジエの「家は住むための機械である」という言葉によく表れています。サリヴァンの思想は、自然現象の中に見出される法則性を人工物にも適用しようとするものであり、構造と装飾との調和を意識するものでしたが、ル・コルビュジエの思想は、装飾や伝統様式を排除し、平滑な壁面処理を施した鉄筋コンクリートによる「モダニズム建築」を生み出しました。

2. 機能主義デザインからスタイリングへ

世界大恐慌前の米国では、世界をリードする形で自動車産業が興っていました。代表的自動車メーカーであるフォード社が1908年に発売を開始したT型フォードは、ヘンリー・フォードの低価格の自動車を普及させたいとの願いの下で、翌年には年間10,000台を超える生産量を実現していました。
 フォードは、「自動車は輸送手段でありさえすればよい」と、機能的観点からのみ自動車をとらえており、生産現場に流れ作業を採用し、規格化による部品互換性を確保するとともに、T型以外の高級モデルを生産停止とした結果、フォード社は低価格・大量生産を実現・維持することができ、世界に君臨するまでに至りました。
 ところが、T型フォードには改良の必要はないとして、フォードは一貫して黒一色のボディを採用し、シャーシにも変化を与えなかったため、機能以外の要素を求める消費者が離れ始めました。一定数の自動車が普及した段階では、消費者の関心がスタイリングに向かい始めていたのです。
 このような消費者の変化に素早く対応したのがゼネラルモーターズ (GM) でした。大衆向けラインであったシボレーに関し、資本関係のあったデュポンが提供する塗料を用いて多くのカラーバリエーションを用意し、重心の低い高級感のあるスタイリングを採用して、機能以外の要素をアピールしました。
 GMの経営は、市場調査に基づく生産量コントロールなどを採用し、高度な販売戦略を展開しました。マーケティング戦略として、ボディデザインを毎年変化させる「モデルチェンジ」を行うことにより、意図的に前年モデルを陳腐化させ、最新モデルへの需要を創造する手法が定着したのです。
また、車種を低価格のシボレーから、ポンティアック、ビューイックと続き最高級のキャディラックに至るラインナップをそろえることで、所得レベルが向上するたびに車を乗り換えてステイタスシンボルにする文化をも生み出しました。もはや自動車は、単なる「輸送手段」を超えた意味を有するようになってきたのです。
 この動きに対し、フォード社も遅れてカラーバリエーションを展開するなどの手法を採用したものの、機能面でのイノベーションで競合に後れを取っていたこともあり、1927年にT型フォードは生産中止となりました。

3. 職能としてのインダストリアル・デザイナー

 同じ時期、米国では自動車産業以外の業界においても、GMと同様のマーケティング戦略を採用する企業が増えました。製品のスタイリング、商品の宣伝などに予算が投入されるとともに、その専門家が必要とされる時代が到来したのです。それはまた、職業としてのインダストリアル・デザイナーが、社会的に認知されたことをも意味しました。
 米国で最初のデザイン事務所を開設したベル・ゲッデスは、流線形(Stream Line)の機関車のデザインを公表し、その後、流線形の自動車や客船をデザインしました。一連のデザインは、流体力学的考察を反映したものとして評価されるものでした。
 ヘンリー・ドレフェスは、日用品から列車に至るまで、幅広い領域のデザイナーとして活躍しましたが、彼は、「インダストリアル・デザインのための基準」として、(1) 効用と安全性、(2) 維持、(3) コスト、(4) セールスアピール、(5) 外観、を提唱しました。これらの基準は、デザインを供給側ではなく需要側から評価しようとする点で、現代のマーケティングやデザイン思考に通じる考え方であると言えます。
 一方、レイモンド・ローウィは、「口紅から機関車まで」をモットーとして、あらゆるものをデザインし、アーティスト・エンジニアと呼ばれました。ローウィの初期の仕事ぶりとして、ゲステットナー謄写機のリデザインの事例が知られていますが、それは、見本としてもらった一台の謄写機について、機能には何ら手を付けずに、見た目の形を粘土でつくり、表面をなめらかにし、丸みをつけることで不要な物を取り除き、シンプルに洗練させる手法を用いるものでした(レーモンド・ローウィ著、藤山愛一郎訳(1981)「口紅から機関車まで」鹿島出版会)。

4. 世界大恐慌とスタイリング
 
1929年の世界大恐慌以後、米国においてデザインは、商品が売れなくて困っている企業に対する救済の有力な選択肢となりました。
先に紹介したゲッデスは、流体力学的考察から流線形の乗り物をデザインしましたが、世界大恐慌後には、機能的考慮とは無関係に、流線形が台所用品などにまで適用されることとなりました。流線形モチーフは、ローウィにも採用され、やはり機能とは無関係に鉛筆削り器にまで適用されました
これらのように、製品の機能を変えずに見た目だけを変える手法は、「デザイン」よりも「スタイリング」と呼ぶほうが適切かもしれません。企業が存亡の危機にあるとき、大きなコストをかけずに製品の見た目をスタイリッシュに変化させた結果、売り上げが伸び利益が回復した時、これらのデザイナーは魔術師のように見えたかもしれません。
しかし、スタイリングによる需要の喚起は、従来モデルの陳腐化を早め、短期間のうちに商品価値を失わせる効果を持ちます。売り上げのために人為的に需要を創造する、という資本主義の一側面を担う手法であると言うことができるでしょう。

5. 機能的価値と意味的価値

 フォードとの競争に勝ったGMの商品戦略、マーケティング戦略の勝因は、「機能的価値」を超えた「意味的価値」の創出にあるとされています(延岡健太郎(2011)「価値づくり経営の論理」日本経済新聞出版社)。「意味的価値」とは、「顧客が商品に対して主観的に意味づけすることによってうまれる価値」を指しており、従来の「経験価値」「精神的価値」「快楽的価値」「感性価値」などを包含する概念であるとされています。
フォードvs GMと同じ構造は、日本の携帯電話 vs iPhone、ノートパソコン vs MacBook Air、PS3 vs Wiiにも見ることができます。どの事例も、前者が意味的価値の創造よりも機能的価値を優先的に追求している間に、後者がある程度の機能的価値と高い意味的価値の双方を実現する商品を提供し、成功を収めたという点で共通していると言えます。
 不況にあえぐ日本企業は、単なる「ものづくり」から「価値づくり」への脱却を目指す必要があるでしょう。かつてのGMの戦略は、工業化社会における初期の明示的な「価値づくり」であったと評価することができます。iPhone、MacBook Air またはWii の成功の背景には、高い次元のデザインによる「価値づくり」があります。多くの日本企業が同様に、広い意味でのデザインによる「価値づくり」に取り組み、競争力を高めることを期待しています。

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